■生まれ育ったまちでの凱旋お笑いライブ
お笑い芸人 市川刺身(いちかわさしみ)さん
今年8月に開催された第75回福生七夕まつりの丘の広場特設ステージは爆笑の渦(うず)に包まれていた。そのステージに立っていたお笑い芸人こそ、吉本興業お笑いコンビ「そいつどいつ」の市川刺身さんだ。彼は福生生まれ福生育ちのお笑い芸人で、この日は初めての凱旋(がいせん)お笑いライブとなった。ライブ後のインタビューで、刺身さんのこれまでの軌跡を伺うことができた。
◇お笑いでいじめを打開した学生時代
中学校ではソフトテニス部に入部した刺身さん。熱心に練習を重ね、部内のランキングで上位になった。しかし、そんな刺身さんの努力し活躍する姿を見ていた同級生が練習の邪魔をするようになった。「小学生の時にも目立つことで陰口を言われたことがありました。僕は何か好きなこと、興味を持っていることに一生懸命努力したかっただけなんですよ。」嫌がらせはその後も続き、日に日にエスカレート。身体を蹴られるなどのいじめとなり、悩んでいた。
そんなある日、ふと何気なくテレビをつけると、そこに映っていたのはピン芸人の佐久間一行(さくまかずゆき)さんだった。見た瞬間、衝撃が走った。漫才とは違う、ピン芸人の型にとらわれないネタを見たときに「お笑いは何をしてもいいんだ!」と思えた。そして、もしまた次に同じようなことがあったら今までとは違うリアクションをして、ウケを狙ってみようと考えた。
後日、ふざけてみると、世界が一変した。今まで見て見ぬふりをしていた周りの人たちが笑い、刺身さんを蹴っていた相手も次第にペースをつかまれ、それからはいじめがなくなったのだ。刺身さんにとって佐久間一行さんやお笑いとの出会いは人生を変える大きな転機となった。
以降、中学校、高校でもお笑いキャラを貫いた。初めのうちはいじめを受けないための防衛策だったかもしれないが、いつの間にかお笑いそのものの魅力に惹(ひ)かれていった。「努力する人が普通で、邪魔をされるようなことのない場所に行きたい。」と次第に思うようになっていた。
高校3年生になると、卒業後すぐにお笑い芸人になりたいと思うようになったが、親からの勧めもあり大学進学を決意。大学卒業後は、お笑いの養成所に入ろうと考え、大学や高校の同級生など何人かに一緒にやらないかと声をかけた。しかし、誰一人として良い返事は返って来なかった。「断られても気持ちは揺らぎませんでした。やっと自分のやりたいことに努力できる、抑圧されない場所に行けると思うと楽しみで仕方なかったです。」そして、刺身さんは、吉本興業養成所の門を叩いた。
◇お笑い人生を変えた運命の出会い
吉本興業の養成所は、やりたいことをやれる場所。何より同じ想いを持った仲間ができて楽しかった。養成所では成績も良く、あっという間に卒業。しかし、卒業後のプロの世界は決して甘くなかった。自分よりも面白い人がたくさんいて、自分のお笑いでは全くウケなかった。
刺身さんはとにかくネタを作ることが苦手だった。大喜利のような形でネタを見せる機会があったが、毎回他の芸人たちに負けていた。養成所時代からの相方も芸人を辞めてしまい、しばらくはピン芸人で頑張っていたが、「この先面白いネタを作れる人と組まないとまずい。」と危機感を抱いていた。
すると、刺身さんにとって最大ともいえる転機が訪れる。養成所の同期で選抜クラスなどでも一緒だった松本竹馬(まつもとたけうま)さんに声をかけられたのだった。「ネタを創作するのもうまいし人間的にも面白くて、そんな人に声をかけられるなんてラッキーだと思いました。竹馬とコンビを組んでいなければ今の自分はいないです。」竹馬さんとコンビを組んでからは、プロの世界での苦労を払拭(ふっしょく)するかのように、活躍の場を広げた。
そいつどいつの芸風は主にコント。結成は平成27年で、平成29年の初の単独ライブを皮切りにいくつもの賞レースで活躍。今年で結成10年を迎えた。
「お笑いはすごく優しい世界なんです。ウケたらもちろん面白いですが、スベってもそれを笑いに変えられる。野球で三振したり、仕事でミスをしたら怒られるけど、お笑いはミスをしても笑ってもらえるんですよ。この世界に来られてよかったです。」
◇刺身さんを形成した「個性を大切にする」福生のカルチャー
「自分が子どものころ行っていた懐かしの福生七夕まつりに呼んでもらえたことが本当に嬉しかったです。」と当時を思い出しながら福生七夕まつりの出演を振り返った。
「今、Instagramに古着ファッションを載せているのも福生の影響を受けたからです。子どものころから16号沿いの古着屋や音楽に触れる機会が多く、さまざまなものに興味を持ちました。個性的な人や福生のカルチャーに影響を受けたおかげで今の自分があります。変わった考えや行動は抑圧されることもあるけど、好きなことを振り切ってやる方がかっこいいし、後悔しない人生を送れると思う。」と語っていた。
◆そいつどいつ
平成27年結成
・市川刺身さん
・松本竹馬さん
平成29年:初の単独ライブ
令和元年:第40回ABCお笑いグランプリ 決勝進出
令和2年:
・おもしろ荘2020 第3位
・第41回ABCお笑いグランプリ 決勝進出
令和3年:
・キングオブコント2021 ファイナリスト
・R-1グランプリ準決勝進出(刺身さんのみ)
令和6年:ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ 2024夏大会チャンピオン(刺身さんのみ)